聖霊の力とビジョン
| アジア諸国でクリスチャンが増加している。日本ではクリスチャン人口1%。間違って伝わってるのではないか?大きな誤解があるのではないか?仏の教え=仏教。キリストの教え=キリスト教ではない。教会は単なる「教える会」ではない。生けるキリストの体であって、愛のコミュニティ。聖書は論語と同じレベルの単なる「人生の規範」が書かれて本ではない。10の誓いを書き出して、机の上に貼って、毎日それ見て、がんばるといったものではない。キリスト教は単なる教育でない、道徳でない、「神の霊が入ること」。霊の世界の話し。神の霊が入って、「新しい人」になること。「新人類」 になる。地図にない国、「神の国」の国民となる。律法にできないことを神はしてくれた。 内側に入った神の霊がその人を神の願うように変えてくださる。興味深いのは人は土から造られ、神の息吹が入って人となった。(創世記2:7)命が入った。「生きる」と「神の霊」は関係ある。そして、単に動物的に生物的に生きるだけでなく、充実した意義深い人生のため、今度は霊的に「神の息」を吹き込まれて、すなわち聖霊を受け、満たされることで霊的に「生きる」ものになる。クリスチャンは聖霊なければタダの人。
POWER 「使徒の働き」の初頭(1:8)では聖霊が来られる時、力(ダイナマイトの語源)を受けることが語られている。聖霊に満たされると力を受ける。それは宣教に向かう力。 ヨハネ7では内からあふれ出る、尽きない、生ける川として表現されている。それは 重要なことは、絶対他者である「聖霊」という神のご人格が内に住むということ。神が私に同化するのではない、私が神になるのではない。もう一つの人格が住む。私じゃないから希望がある。ミニストリーは神の業、人間のビジネスではない。聖書は正直。ペテロは3度イエスを裏切った。僕らの姿。ペンテコステ後、聖霊に満たされた彼は別人のようになって声を張り上げ大胆に証した。 絶対他者なら、誰にも希望がある。純粋な神への「信頼」と「従順」がパワーの秘密である。事をやるのはあの方。「使徒の働き」では完全に聖霊がイニシアティブをとって業を進めている。私達は器。私達の地位、学歴、経験は関係ない。主はインテリのパウロも用いるが、無学なペテロも用いる。(READ→ 使徒4:13) ピリピ4:13「私を強くしてくださる方によってどんなことでもできるのです。」 Vision, wisdom, Directionが与えられるよう神に祈った。主は忠実な方。いつも必要なものを備えてくださった。使徒2:37でペテロの説教で心刺された人たちはどうしたらいいのかと言った。(38節)「悔い改め、イエスの名によってバプテスマを受けなさい。 そうすれば賜物(フリーギフト)として聖霊を受けるでしょう。」聖霊は金で買えない。修行で勝ち取るのでもない。イエスを信じると頂ける。誰にでも。そこには差別はない。「わたしの霊をすべての人に注ぐ」と主は言われる。大学教授も女子高生も、ストリートのホームレスも。おなじ聖霊を頂く。聖霊に差はない。 使徒3章では美の門にいた足なえの人の癒しが起こった奇跡が記されている。これを見た人々はペテロとヨハネをあがめ、すごい信仰の人だと思った。しかし、12節で彼は 1) 自分たちの力じゃない。 2)自分たちの信仰深さでもない。事を為さるのは神だとはっきり宣言している。 聖霊があなた方の上に臨まれるときあなた方は力を受ける。ペンテコステの日にはペテロの説教で3000人が救われ、主の弟子となった。しかし、ペンテコステだけではない、歴史上、神が臨まれたことが幾たびあった。人はこれをリバイバルと呼ぶ。 ○1837年、ハワイでテトス・コーンの集会に昼夜2-6千人集まった。会衆は罪を示され、失神状態になった。冗談半分にやって来た、あざわらう若者たちも犬のようにうなだれ「神は私をうたれた」全会衆が神にあわれみを求めて叫びだし、コーン氏は30分説教もできずに立ちすくんだ。ある日曜日は1705人が受洗。1年間で5244人が教会に。 ○ 1904年英国ウエールズが聖霊の火で燃えた。当時、国民は神から離れ、霊的に低下、教会出席も下がり、犯罪が増えていた。エバンロバーツ神の器がメッセージすると聖霊が暴風のように吹きまくった。集会は朝の10時から夜12時まで続き、説教はごくわずかで、証、賛美、祈りが続いた。大酒飲みや賭博しが変えられ、犯罪が減り、5週間のうち2万人が教会に加わった。 ○ 1800年代、チャールスフィニーがNYロチェスターでの伝道キャンペーンでメッセージすると10万人がキリスト受け入れ、教会に加わった。 ○ 日本でも、1884年に京都の同志社大学の祈祷会が聖霊の火で燃やされ、リバイバルとなり、200名の学生が救われ、洗礼を受けた。九州、関東、東北へ飛び火した。リバイバルがキャンパスから・・ さて、力を受けるのは、単に自分の満足、自分の祝福のためではない。アブラハムが祝されたのは祝福の基となるため。皆さんが祝福されたら、それは他の人を祝福するため。 VISION 使徒2:17「わたしの霊をすべての人にそそぐ」すると「青年は幻を見」この関係が大事。霊が注がれるのはビジョンを受けて、神の国のため働くため。将来、弁護士に医者になる、それは立派なこと、でも何のため? ただ、自分の幸せのためだけ? 教会の四角い壁の中だけじゃなくて、この社会のただ中でキリストの香りが放たれる必要がある。神の国のため、どうやったらキリストの影響力を社会にもたれせられるか? シンガポールで訪れた韓国焼肉屋ではプレイズソングがかかっていた。店長はクリスチャンだった。 韓国の企業、 ELANDの社長は牧師。 Business Missionary 献身=神学校=牧師ではない。すべての人が召されている。ほんとに世にインパクト与えるには? 牧師、宣教師でないほうがいい場合もある。とくにイスラム圏への伝道に関しては。農業やコンピューター技術者なら入国できるからだ。だから、プロフェッショナル(職業人)が必要!神のため誰もが必要とする技術や資格をとる。神のため会社をはじめる。ライブドアや、インターネットモール「楽天」の社長は青年社長。年間100億単位で儲けている。世間の人でもビジョンを持って、世の中に先回りしてそこまでやる。ただの従業員でなく、リーダーになること。価値観、方向性を打ち出せる人が必要。影響与える人が必要。これからはカルチャーの時代、アートの時代。クリスチャン芸術家も必要。マスコミ/メディア・TVディレクターも必要。芸能、スポーツ関係でも、その道でTOPになって主を証してほしい。アメリカではクリスチャンのコメディアンも一般のテレビに出ているらしい。何をするにも神の栄光のため、ベストを尽くす。 牧師になることは大事。尊い神からの召命。しかし、あえて言いたい。どうしても牧師に召されているのでない限り、社会人として召されている。逆に宣教師、牧師では届けない人のところへ、また、できないことをできる。皆、神から与えられた賜物、才能、情熱があるはず。ただ金儲けて、献金するだけじゃなく、BUSIONARYとして、神から遣わされたアンバサダーズとして残りの人生使ってほしい。 クリスチャンはこの世から一度、取り上げられ、改めてこの地上に神の国の大使として戻された。ただ「いる」のではない、日本に、東京に、大阪に「派遣」されている。1回きりの人生。 最も神のためインパクト残せる働きをしてほしい。自分に与えられている賜物、情熱を最大限に生かしてほしい。 「終わりの日にわたしの霊をすべての人に注ぐ。するとあなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見・・・・」 ビデオ「トランスフォーメーション」ではケニヤ、中米のガテマラ、北極圏のエスキモーの間で顕著に働いた神の霊のドキュメンタリーが紹介されている。そこでは麻薬が止み、暴力や自殺が止み、町や都市や国家の犯罪が減った。酒場や売春宿や刑務所がなくなった。軍人たちのワイロがなくなった。霊的な情況は国の精彩にもかかわる。 国家単位でも主は働く。1997年、ウガンダは暗黒状態だった。世界はウガンダを見捨てた。民間人、女、子供まで軍人の射撃練習の的となった。1000人単位の虐殺があり、魔術がはびこり(アミン大統領の時まで人身供養が行われていた)、恐怖が国を覆っていた。国際保健機構の発表でこのままでは人口の3分の1はエイズで死ぬだろうと言われた。牧師は捕らえられ拷問部屋に入れられた。しかし、数名の牧師が命がけで祈り始めた。夜中、川の中で祈った。すると多くの人が教会に詰めかけ、悔い改めた。ついに、国中に平和がくる、経済が復興しアフリカ第3位の国になった。犯罪は50%減少した。これを神に感謝したいと、大統領夫人が2000年ミレニアムの大会で、国会や民衆の前で 教育がなし得ないこと、警察がお手上げの犯罪、どしようもない闇と混乱。祈りが変えた。 プログラムじゃない。神を求めよう。神よ、聖霊よ来てください。まず、私を変革し、 (祈り) 牧師になる、神学校に行くという話ではない。自分なりのありかたで、聖霊に満たされ、残りの人生を神に用いてほしい。神から与えられた情熱、ビジョンを大事にして。いろんな働きがある。すべてのことを神の栄光のためにする! 聖霊様、私を満たしてください。私を変革してください。私はからっぽです。聖霊様、自由に私を用いてください。神よ、私のキャンパスに訪れてください!学生たちに生きる希望、力、使命を与えてください。神よ、日本に訪れてください。キリストの季節が日本に来るように!日本でも1日に何千、何万という人が神の国に入るよう働いてください。 日本の中心、ブレーンである。東京が変えられるように!「東京が神の街に」なるビジョン。とくに、永田町(政治)に、兜町(経済界の人)に、新橋(メディア界)、品川(一流企業のビジネスマン)に福音が届き、日本のブレーン(頭脳)が清められ、キリストの発信地となるよう。 まだ、イエスを信じていない人たちへ 自分の20センチくらいの頭脳だけを頼りに生きる人生か?世の中が敷いたレールをそのままいく人生か?ただ、地位、名誉、財産を目指すだけの人生か?それとも神の霊によって超自然に生きる冒険の生涯か?神を心に向かえ「新しい人」として生きないか?過去の罪ゆるされ、過去の傷や罪責感から開放され、力強く人々の真の幸せのため精一杯生きないか?あなたを愛しあなたのため命まで捧げたJESUSと一緒に。 日本CCC 代表 栗原一芳 平成16年 7月 27日 |




